防災協定
東日本震災が起こった際に、ダンボールベッドのプロトタイプを避難所にもっていきながら、今後、どうしたらいいのかを活動を通じてつながった赤十字のドクターと話しました。
ドクターは「この活動は是非続けて欲しい。被災地には簡易ベッドが必要だ」とおっしゃったので、毎週のようにトラック一台分のベッドを積んで東北に向かって走って、土曜日朝から各避難所をまわって使ってもらうようにお願いしてまわったのを覚えています。
でも、実際にはほとんどの避難所で受け入れてもらえなかったんです。
実際に寒さで凍えている人がいて、是非使いたいと現地の声があって、それを無償提供というかたちで持っていって、何故受け入れができなかったのでしょうか?
それは避難所を運営しているのは行政であり、市町村が運営していて、そこには職員がいて避難者が生活しています。
「ベッドを使ってほしい。寒さをしのいで痛みをやわらげてほしい」とお願いをしてまわったんですけど、「前例がない。こんなものみたことがない」と、それと、担当者が交代で次から次から変わっていく中で、その時にいた担当者がやはり自分の判断では入れることができない、自分で決められないということで、ほとんど90パーセントくらいの避難所で断られてしまいました。
徹夜で1000キロ運転して避難所をまわり、くやしさというよりも怒りに近い感情を覚えました。
目の前に避難者が床で寝ている中で、一部では「ほんとに使わして欲しい」と懇願されてるなかでも、なかなか受け入れてもらえなかったことで、やはり怒りに近い感情があったと思います。
これはなんとかしないといけない。前例がないのであれば前例を作っていく、そういう活動を始めました。
目の前の避難所の状態は何も解決されていないのであれば、この活動を続けるしかない。やめるわけにはいかないという想いがありました。
ただ、なかなか受け入れてもらえないということもあり並行して受け入れてもらえるように、出来るだけ多くの避難所をまわって使っていただくようお願いしてまわりました。
なぜ使えないのか?なぜ受け入れてもらえないのか?前例がなかったり、防災の仕組みのなかに簡易ベッドというのが組み込まれていないのであれば仕組み自体を作っていこう、仕組みを作っていけば自動的に入っていくはずだ。そう考え、行政と簡易ベッドを供給する防災協定をやっていこうという活動を並行してスタートをいたしました。
この防災協定とはダンボール会社、たとえば私どもの会社と自治体と平時において事前に約束を交わし、万が一災害がおきて避難所が開設されて長期の避難生活が確定された人にベッドを供給するという内容を事前に約束しております。何かが起こった際にすぐに支援を行える、その仕組みを作りあげるのが防災協定です。
一番最初は我々の会社ではなく、セッツカートンというダンボール業界では大手の会社にお願いして、愛知県新城市と協定を結ぶことができました。
これはセッツカートンが新城工場があって、そこの工場から市の方にアプローチしたところ、これはもう是非やりたいということで第1号の防災協定が平成23年6月28日、震災発生の約4ヶ月後、締結されました。
私たちは、今後発生するであろう災害までに、核市町村様との防災協定を結び、災害時に、ダンボールベッドを避難所に導入する仕組みを作っています。暖段はこベッドが避難所での生活のQOL(Quality of Life)を少しでも向上させることで、避難者の2次健康被害や震災関連死を少しでも予防することができると信じ、これからも活動をつづけていきます。
2016年3月時点で、全国200以上の自治体様と防災協定を結ぶことができ、災害時の要請があれば、ダンボールベッドを避難所に展開する仕組みを構築しています。